今年も色々ありました。
本当に?本当に色々ありましたか?
惰性で過ごしただけで、実は大して色々なことはしてないのではないですか?
でも、惰性で過ごしていたのだとして、なぜ「色々なことはしてない」という結論になるのでしょうか。
逆にやる気があって色々なことをしていたなら、果たしてそれが何になるというのでしょう。
人間の結果の良し悪しとやる気はどのような相関関係があるのでしょうか。
そもそも冒頭から言っている「色々」というのは曖昧すぎやしないでしょうか。
何があったのか具体的に述べないと、1年を見ても1秒を見ても、「何か」が「色々」あったというのは全て真実になってしまうのではないでしょうか。
じゃあ一体この記事で、私は何を述べたかったのでしょうか。
つまり1年という区切りに対して意味は無く、例え1秒という短い時間でも「何かを色々させられるように」頑張って動こうと考えるのはどうでしょうか。
ついつい現実に文句の一つもつけたくなるかもしれません。
でも今の世の中で現実から逃げることはそう簡単に適わず、そうであれば文句を言うだけ無駄、むしろ周囲に敵を作りやすく周囲にマイナスのイメージを与える可能性も大きい行動かもしれません。
で、自分が周囲にマイナスのイメージを与えることの何がダメなのでしょうか。
ここまで、誰も何もダメとは言ってないのではないでしょうか。
自分が1行前に書いた言葉を見ながら次の言葉を並べてみただけのこの文章には、どんな気持ちが込められているのでしょうか。
足の裏が痒い。
今年もいつも通り過ぎ去っていく。