まさおまっさお

おいまさおがんばれまさお

牛乳の石鹸の話と、批判対象を自分で作ってしまう危険性について

fujipon.hatenablog.com

これ、非常にそう思う。

探しても穴の見つからない人間は居ない。

だから完璧さを求めることに意味はない。

そもそもただのCMであり、「このお父さんは頑張っています」などと銘打って大々的に広告されたのではない。

つまり「これは牛乳石鹸のCMです」と紹介されただけなのに「こんなお父さんはダメだな」と、内容ではなく現れるキャラクターへの批判が始まってしまった。

個人的に、件のCMは見ていて気持ち良くはなかったし「牛乳石鹸」の好感度はどちらかというと下がった。

ただそれはあくまで創作物としての話だ。

私はこのCMを見ただけで一般的な家庭のあるべき姿にまで言及できる程「お父さん」というものの存在を分かっていないし、そんなことする気も起きない。

というか「他人に見せて気持ち良くなる子育て現場」ってきっと相当レベルが高いのではないだろうか。


anond.hatelabo.jp

昨日話題になってたこっちにも書いてある。

それにしてもこのムービーの「夫」を責める声が多くてびっくりするよね。そら少子化するよ。


これも、その通りだ。

子育ては完璧にしなきゃいけない。

子供を抱えながら電車で移動する親は周囲に迷惑をかけてはいけない。

お金で困るくらいなら子供を産んではいけない。

子供を放置して自分のやりたいことをしてはいけない。


そんな正論ばかり目にする。

実際に子育ては楽なことばかりではない。それは周囲の子持ち世帯を見ていれば何となくわかるし、電車の中ではしゃぐ子供たちを見れば静止するのが大変であろうことも少しは想像できる。

そういう誰にでも分かる大変さの中で「ちょっとしたミス」を犯しただけで叩かれてしまうのだったら、これは非常に生きづらい世の中のように感じる。


未来の年表 人口減少日本でこれから起きること (講談社現代新書)

未来の年表 人口減少日本でこれから起きること (講談社現代新書)


先日この本を読んだ。

私は結婚しているが子供を作る気はない。

最近はそういう世帯も増えており、それが少子化を加速させる原因にもなっている。(高齢化とはあまり関係ないらしい)

子供が減っていくという事は将来の働き手が減るという事であり、この状態は恐らく「理想的な完璧」ではないだろう。

良い歳になったら結婚しろ。

結婚したなら子供を作れ。

子供を産んだなら完璧に育てろ。


社会の完璧を求めるなら確かにそういう意見になる。

でもそうなったとして、誰が嬉しいんだろうか。


本当に「そんな正論ばかり目にする」の?

冒頭の記事を読み、ここまで勢いで書いてきたが、1つ大きな疑問が残る。

私は少し上の方で「そんな正論ばかり目にする」と書いた。

それは本当だろうか。

pokonan.hatenablog.com


私がこの件を最初に知ったのはこの記事だった。

b.hatena.ne.jp


ブコメの、今のTOPコメント10件を要約してみよう。
(なおネタか批判かの判定は個人的見解)

  1. 全て夫の見た幻では(ネタ)
  2. 電通社員のSOSでは(ネタ)
  3. ポスターもヤバい(批判(対象不明))
  4. 夫の表情への不安感(批判(対象不明))
  5. 電通臭がする(ネタ)
  6. 石鹸メーカーとしてどうなの(批判(メーカー))
  7. ただの電通の表現では(批判(電通))
  8. 電通の仕事ぶりについて(批判(電通))
  9. 美女だったら(ネタ)
  10. お父さん通勤電車に吸い込まれる(ネタ)


この通り、ネタ系5件批判系5件と半々になっている。

さらに批判系の中でも批判対象が不明なもの、メーカーに不満を表すもの、そして作成主であろう電通に対するものがある。


おかしい。

私は上の方で確かに「そんな正論ばかり目にする」と書いた。

つまり「お父さんが叩かれている」という現象を見て、「世の中には正論者が多すぎて嫌になる」という内容を書いたつもりだ。

しかし、実際にコメントを見るとそんな現象は起きていない。

これは一体どういうことだろう。



少し落ち着いて思い出してみよう。

上で紹介した記事の中で、こんな意見がある。

朝、会社行くついでにゴミ捨てする程度のことで被害者意識こじらせてる男の日常のどこか、お父さん応援なんだ?
自分だけ準備された風呂に入りさっぱりして、「ごめんね☆」で、やーっと子供のお誕生日会。
この人物の家族思いで優しい場面が何一つないんだけど、どこが優しいんだろ。

この部分だけを読めば、確かに「正論」に見えなくもない。

ただこの意見は「電通の表現に対する批判」にも見えるし、更にその上には

いやいや、石鹸のイメージめっちゃ悪いだろ!
結婚生活とか子供の誕生日とかめっちゃ煩わしい…っていうこの男の気持ちを洗い流してさっぱりってこと??
そんな石鹸の使われ方で、企業としていいわけ?

という、企業PRとしての表現に対する疑問が書かれており、どちらかというとこっちの意見がメインとなっているように感じる。

であるなら、私が今まで見た中で「こんなお父さんはダメだ」という批判内容は殆ど存在しなかったことになる。

これは何か良くないことが起きているのではないだろうか。

結局自分は何を批判したかったのか

今までの話をまとめてみる。

ここ数日、自分が読んだ中で「明確にお父さんが叩かれている」という文章はほとんど存在していなかった

にも拘わらず、私は「世の中正論だらけで嫌だ」という趣旨の記事を書き始めた


これらの事実から分かることは、私は
『批判する対象を"自分で創り出し"、それを批判しようとしていた』
ということだ。

何と意味のないことだろうか。

それどころか、私がもしこの記事を書き、万が一この意見が広まってしまえば「世の中には完璧でない父親を批判する人間が多いんだな」という事実の無い思い込みだけが一人歩きすることになる。

つまり「正論者を批判しようとする自分」こそが「正論者が多い」という偶像を生み出し、さも攻撃対象がそこに居るかのように周囲にも思い込ませる危険性があるのではないだろうか。


できることなら、そんな空しい事態は避けたい所である。

さいごに

書いている途中でこの事実に気づき、この記事自体を消してしまおうかと思ったが自分への戒めとして残しておくことにした。

ネットに生きる皆様方も、どうかお気をつけて。

以上